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 【石川県】

金沢市遊廓総記 金沢の、主計町は遊廓では無いが、芸妓は
娼妓と略同様の事をして居る事は既に書いた。処で、金沢市
には主計町の外に、「東廓」と「西廓」との二大遊廓がある。
東廓には貸座敷又は揚屋、待合茶屋等が八十四軒あつて、西
廓には百十三軒ある。其処に働いて居る処の紅唇の女は、悉
く芸妓の鑑札を持つて居る者ではあるが、事実上に於ては娼
妓と何等変る所は無い。上町、下町と区別して在つて、上町
は最も値の高い酌婦(芸妓ではあるが酌婦と云つた方が至当
だ)下町は下等の酌婦と云ふ具合に大体の区別は着いて居る。
上町の酌婦は大抵送り込み制で、店は張つて無いが、下町の
方へ行けば、殆んど公然と店を張つて客を呼んで居ると云ふ
状態である。検徽は無論行はれて居るから、娼妓と同程度に
安心して善い。而して下町の酌婦でも送り込まれて行く場合
もあるが、其んな事はめつたに無く、大抵は呼び込んだ客を
引き揚げて居稼ぎをやることの方が遥かに多い。主計町の他
に北石坂町にも花街がある。此処も芸妓計りで娼妓は居ない
が、此の主計町と北石坂町は比較的高級な処で、北廓と西廓
と東廓とは比較的低級な処とされて居る。言葉を代へて云ふ
と客種の悪い処である。従つて値も安い。上町辺は主計町と
変りは無いが、下町辺は一時間遊びが一円位でも揚げると云
ふ事だ。宵から引け迄居ても三円位、一泊しても六七円見当
だと云ふ事だ。但し台の物は別である。引け過ぎの一泊なら
三四円位。其の代り芸妓とは云び条、弾けるのは流行唄位な
ものだらう。金沢を除いた他の町では大抵旅館へ芸妓が呼べ
る。引け過ぎからなら、三四円も出せば大喜びで枕を持つて
来ると云ふ始末の処が多い。かうした芸妓が多いので、何う
しても娼妓の方は押されて来る事に不思議は無い。

金沢主計町遊廓  は石川県金沢市主計町に在つて、北陸本
線金沢駅下車市内電車の便があるので、駅前から大学病院行
きに乗つて、橋場停留場で下車すれば、其辺一帯が華かな花
街である。貸座敷の許可地では無いが、さればとて検番制度
でも無い。金沢百万石と云ふ偉大なる力が、斯うした芸妓と
も娼妓とも付かない一種変態的な物を生んだものと思はれる。
但し女は芸妓の鑑札を所持して居る。中には二枚の女も居る。
妓楼は料理屋と云ふ看板か、又は待合茶屋と看板が出て居る。
料理屋の看板は出て居ても調理をしない家が沢山あつて、七
分通り迄は皆他店から取寄せて居る。業態は総て貸座敷と同
様の事をやるのであるが、一寸茲の制度は変つて居る。即ち
自宅で抱へて置く芸妓でも、芸妓と云ふ芸妓は全部組合事務
所に寄寓して居り、食事丈けは抱主の許でする事に成つて居
るので、全部送り込み制の形式を取つて居る。事務所では芸
妓達を集めて、三味線は杵屋六左衛門の流れ、舞踊は藤間勘
十郎の流れ、鳴物は望月朴清の流れの師匠を招いて盛んに芸
を仕込んで居る。料理屋では一切席料は取らない。玉代(線
香代)は二時間一座敷二円四十銭、一時間毎に一円二十銭宛
増して行き、一時間に満たざる端数も一時間として計算する。
遊興税は全部の消費額の約百分の十四である。現在同業者は
三十八軒、芸妓九十名程居る。其れに主計町は、ふりの客は
揚げないと云ふ悪い習慣があるので、非常に土地の発展を阻
害して居る。猶金沢市には、主計町の他に、「東廓」、「西
廓」、「北廓」、「愛宕」、「石坂」等の遊廓がある。
(組合員)
 竹光  福金  茶屋  福又
 吉広  森亀  吉又  新艶  〆鶴寿
 福芳  松三保 つちや 越奴  照の家
 福栄  中仙  木津屋 叶家  久の家
 扇子屋 中金  木村屋 福春  越光
 山初  河米  幾代  福国家 都家
 たみや 米の家 森梅  森田家 松縁
 村田屋 柏崎屋 山田家 新木村 
(待合締茶屋)
 金弥  鈴の家 仲登喜 喜久家 細川
 雁なべ 安田屋 登良家 三笠  梅亭
 (以上並木町)
  ひさご 水月  袖ケ江 浅の家
 花月 (以上錦歩町)
  昭月(児玉小路)
  永楽(味噌屋町)
  小楽(御前町)
(料理屋)
 金城楼 相川楼 殿持楼 五十家 銀月  並木楼
 新並木 笠屋  京六  いろは しろや 並吉 一関亭


鶴来遊廓  は石川県石川郡鶴来町に在つて、金沢街鉄線鶴
来駅から約五丁である。当遊廓も芸妓の為めに圧倒されて、
娼妓の姿は殆んど見なく成つて、今では純然たる芸妓遊廓と
成つて終つて、娼妓は一人も居ない。けれども内容は娼妓と
同一ものである事は前にも云つた通りである。目下妓楼は十
八軒あつて、芸妓は六十五人居る。何れも二円から七円位で
遊べるらしい。妓楼は、時美楼、改岡楼、大勇楼、中浜楼、
町屋楼、竹妻楼、北村楼、涌市楼、白久楼、片山楼、藤田楼、
賀利家、南部楼、米谷楼、元部楼、寺井屋、宮川楼、小松楼
の十八軒。

小木町遊廓  は石川県珠州郡小木町に在つて、北陸線七尾
駅港から東北へ海上約十八里、輪島港からは海上約六里の処
に在る。一小島の中に在る町なので、人情が非常に濃厚だ。
島中の人々が皆一家族の様に感ぜられる処である。景色の非
常に善い処で、附近の九十九湾は、日本の新百景の内に数へ
られて居る。貸座敷は目下六軒あつて、娼妓は三人居る。娼
妓の数の少ないのは、各内芸妓を置いて居て、鑑札こそは違
つて居ても、娼妓と殆ど同様な発展振りをして居るからだ。
娼妓は全部居稼ぎ制で送り込みはやらない。遊興は時間制と
通し花制で、一時間一円宛の割であるが、引過ぎからの一泊
は四五円位である。台の物は附かない、妓楼は、山海楼、大
塚楼、新盛楼、日進楼、宝松楼、華月楼の六軒だ。
 石川県には右の外に九個所の遊廓がある。廃娼県では無い
が芸妓が、どしどしと安価に発展して、娼妓の領分を浸食す
るので、自然娼妓の必要か無く成り、楼主の方でも売れない
娼妓よりは売れる芸妓の方が割得なので、何処の貸座敷でも
大抵皆芸妓を置いて居る。芸妓のみしか置かない家も沢山あ
る。近来は益々此の傾向があるので、一定の標準が甚だ取り
憎い。今月五十人の娼妓が居た遊廓も、来月は三十人位に成
つて居る事もあると云つた具合である。制度も大体に於て同
一だ。値段は其人の技量次第で、娼妓と大差無い程の安価さ
で遊べる。左に其うした遊廓の所在地と、駅名とを記して見
やう。但し遊廓ではあるが娼妓の数よりは芸妓の数の方が多
い事を断つて置く。又遊廓の芸妓は、東京に於ける廓芸妓と
正反対で、娼妓と何等変らないものであると云ふ事も記憶し
て置いて戴き度い。
小松町遊廓  は北陸線小松駅下車、妓楼二十三軒。
大聖寺町遊廓 は北陸線大聖寺駅下車、妓楼は二軒。
美川町遊廓  は北陸本線美川駅下車、妓楼は十四軒。
上金石町遊廓 は北陸本線金沢駅から、上金石行の電車に乗
       る、妓楼は二十軒。
松任町遊廓  は北陸本線松任駅で下車する妓楼は三十五軒。
七尾町遊廓  は七尾線七尾駅で下車する。妓楼は二十八軒。
輪島町遊廓  は七尾港、又は能登中島から船便又は自動車
       で行く。妓楼は二十一軒。
飯田町遊廓  は七尾港から船便又は自動車便に依る妓楼は
       十三軒。
宇出津町遊廓 も七尾から船便又は自動車で行く。妓楼は二
       十一軒。

 尚石川県地方に行くと「温泉遊び」と云ふ事が盛んに行は
れて居るから、左に其の重なる二三を紹介して置かう。
山中温泉  は石川県江沼郡山中町に在つて北陸本線大聖寺
駅から東南へ弐里、温泉電軌で約三十分で着く、賃廿八銭。
片山津温泉  は石川県江沼郡片山津町に在つて、北陸本線
「動橋」駅から電車で七分賃十二銭で行く。乗合自動車は十
二銭、貸切は一円である。
山代温泉  は石川県江沼郡山代町に在つて、北陸本線「動
橋」駅から電車で三分、賃五銭、乗合自動車及貸切自動車も
ある。
粟津温泉  は石川県江沼郡粟津町に在つて、北陸本線粟津
駅で下車する。
 右の四温泉場は北陸の四大温泉場で、同時に北陸の四大歓
楽境に成つて居る。旅館の設備等は実に至れり尽せりで、箱
根、塩原等に優るとも劣る事は無い。明治から大正の初め頃
迄は多勢の女中が居て、盛んに春を売つて居たものだつた。
所謂「湯女」の一種で、土地では「シシ」と云つて居た。其
れが時勢の進運に伴つて独立した「芸妓」と云ふ職業婦人に
昇格して居る。金沢附近は美人系が通つて居るので、仲々美
人が多く、性は純朴で情緒は濃厚だ。遊廓では無いが、何処
の温泉旅館にも芸妓が這入るので、日夜絃歌の絶え間が無い。
芸妓の玉代は一時間一円宛の割合で、十時間置けば十円の勘
定である。特別祝儀は十円見当で一泊して行く、其の間は絶
えず傍に着きつきりで、酒の相手から、唄のはやし、話の相
手から、散歩の御供に迄附いて行くと云ふ女房気取りで、一
種独特の情緒がある。右はブルジヨワ階級には宜しいが、プ
ロレタリヤ階級には一寸望めない相談だ。所でプロには又プ
ロ相応の遊び方がある。表向きでは出来ないが、事実上茲の
旅館の女中は殆んど湯女の一種で、こつそり女中頭に申込め
ば、美しい当番の女中を廻して与越す。当番の女中は前に云
つた芸妓と同じく、すつかり女房気取りで身の廻り一切の世
話から、洒、談話、唄の柏手迄をも勤めると云ふ、誠に変つ
た仕組みで、同じ女中の仲間でも、客の着いた女中は、女房
気取りで他の女中に用を命ずる事が出来る。費用としては、
女中頭に一円程の附け届けの外に、番の相方には一二円も握
らすれば、後は二日居ても三日居ても、一銭も与へる必要は
無いと云ふ事だ。然し此れは極内々の話。


この色の記述は平成15年〜現在のものです。
この色の記述は別の情報を参考にしています。

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